卵巣がん体験者の会スマイリーについて

本原稿は、年末に臨床薬理学会誌に原稿を7000文字以内で掲載したいという、学会誌の依頼により執筆いたしました。
この原稿の執筆依頼をいただいたときに私はスケジュールは過密を極めており「執筆はできない」とお断りをしました。
しかし、執筆を断る私に対して編集担当者はご賢察ください(=えらい先生が頼んでるんだから空気読め)、学会の抄録を掲載する(=たった数百文字の抄録を掲載されたらこちらの言いたいことは伝わらない)などを繰り返し、不毛なやり取りを続けることに疲れ果て書かざるをえなくなりました(脱稿の段にあたっても編集担当者との残念なやり取りは続きました)。
私のように不学な人間が、学会に文章を寄稿するためにはものすごい時間がかかります。しかし書かざるをえなくなったからには責任と情熱を持って書きました。そのうえで、理不尽なやり取りに対してはどうしても許すことが出来ず、最後の一段落にその思いを書いたところ、臨床薬理学会誌の編集長から丁寧なお詫びのメール、編集担当者からもお詫びの直筆のお手紙をいただきました。そのメールの中には「これを読む学会員には何の罪も無い」とし、段落を削除する代わりに、お詫び文を編集長名義で載せたいとご提案いただきましたが、記事の執筆にあたりやむを得ず面談日を変更いただいた方などのことを思うとどうしてもこの段落を削除することを了承できませんでした。そこで、私のほうから「原稿の掲載は認めない・こちらが取り下げたので原稿料はいただかない・万が一勝手に使ったら訴訟を起こす」と通告しましたところ、掲載を見合わせると連絡がありました。
この間、こちらには一切電話はなし(記事の督促の電話は何度かありましたが)。という残念な原稿です。
Facebookを通じて記事を配信したところ「多くの方に読んでもらったほうがいい」とアドバイスをいただいたためオンラインにアップしました。この加筆した前段をいれれば8000文字を超える超大作ですが良かったら読んであげてください。
文章の無断転載はご遠慮いただきますようお願いいたします。


臨床薬理 原稿
患者はどのようなコンパッショネート使用制度を望むか
(What kind of compassionate use system does a patients desire?)

卵巣がん体験者の会スマイリー 片木美穂
(Ovarian cancer patient support group,Smiley. Miho Katagi)

キーワード
Patient, Compassionate use system,Cancer, Ministry of Health, Labour and Welfare


はじめに

2011年2月28日の厚生科学審議会において厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会(以降、検討部会)の設置が了承されました。開催の主旨は、

平成22年4月に「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」において取りまとめられた最終提言を踏まえ、医薬品等の承認時及び販売後における安全対策の強化を図るとともに、医療上の必要性の高い医薬品等を速やかに使用できるようにするため、必要な医薬品等の制度改正事項について調査審議するものである。

となっており、検討すべき内容として

(1)医薬品関係者の安全対策への取組みの促進
(2)医療上必要性の高い医薬品等の迅速な承認
(3)医薬品等監視の強化を進めるための見直し
(4)その他

という大まかな枠組みが示されました。
委員の構成として

医学、薬学、法律学の専門家、製薬業界・医療機器業界の関係者、薬害被害者等を委員として参集する。

となっており、平成24年度(2012年)の通常国会に薬事法の改正等の提出を目指して議論が行われることになりました。2011年3月22日に第1回検討部会が開かれ、通常国会直前となる12月26日までのあいだに計10回開かれました。翌2012年1月24日には議論を踏まえたとりまとめが出されています。
私は2004年に卵巣がんを罹患し2006年より卵巣がん患者を支援する患者会の活動をしています。上記の委員の構成案の中に該当する立場はなく、もしかしたら“等”にあたる扱いになるのかもしれませんが検討部会の委員を任命されました。しかし本原稿に関しては「検討部会委員」としての取りまとめに沿った意見ではなく、がん患者として「患者はどのようなコンパッショネート使用制度を望むのか」ということを述べたいと思います。
内容につきましては2012年12月1日に沖縄コンベンションセンターにて開催された第33回日本臨床薬理学会学術総会“【パネルディスカッション】日本版コンパッショネート使用制度の創設をめざして”において発表させていただいた内容に加え、その後の討論についても少し取り上げさせていただきたいと思います。


がん患者としてコンパッショネート使用制度を求める背景        

コンパッショネート使用制度を求める背景についてある卵巣がん患者を例に考えたいと思います。患者は主治医から卵巣がんの疑いが強いと告知されます。その後、手術中の病理診断のうえ卵巣がんと診断されれば広汎子宮全摘出という標準的な手術療法を行います。その後、パクリタキセルとカルボプラチンを6クール投与する標準的な化学療法をうけます。しかし卵巣がんは早期発見が難しく、多くの患者が発見時にすでに進行がんであることから、一度寛解をしても再発する患者が多いです。卵巣がんが再発したあとは化学療法を再開するわけですが、それまで効果がみられた抗がん剤にもやがて耐性ができ、そのあとは2ndライン、3rdライン、4thラインという形で抗がん剤を変更して治療を続けます。
何とか治りたい、がんが消えることがなくても1日でも長く治療を続けて家族のそばに居たいと患者が望んでも、主治医から「もう卵巣がんの治療に使える抗がん剤がない」ことを告げられる日がやってきます。患者も治療の過程でやがて治療を継続することが難しい日が来ることは考えていますが現実を受け入れることは容易ではなく、特にその時点で日常生活が普通に行われている場合は「何かほかに治療の手段があるのではないか」考えるのが当然です。その際、患者は選択肢として

  1. 痛みをコントロールして治療を行わないで過ごす
  2. 臨床試験などが無いか探す
  3. 何らかの治療方法がないか探す

ということを考えます。ただし今の日本の現状では2の臨床試験について患者が情報にアクセスしづらく病状も進行していることから被験者になることはとても難しいのが実情です。そこで、3の何らかの治療方法が無いかと探す上で、患者を苦しめるのが「ドラッグ・ラグ」という問題です。ドラッグ・ラグとは海外で治療に用いられている医薬品が日本で治療に用いられるようになるまでの時間差のことを指し、がん患者は長年その時間差を少しでも減らすことができないかと厚生労働省や製薬企業などに対して働きかけを行ってきました。しかし、たとえ海外で承認されていて効果が期待できる医薬品があったとしても今の日本においては薬事承認前の医薬品です。患者がこれまで治療を受けていた保険診療を行う医療機関では一部の先進医療等を除いて混合診療になるため治療を行ってもらうことができません。患者は仕方なく全額自己負担の治療を行う医療機関での治療を選択するわけですが、これらの医療機関では過剰な薬剤費や治療費の請求が行われていたり、予期せぬ有害事象に対応できない医療設備しか用意されていないこともあり、患者が「自己責任」のもとに酷い不利益を受けている場合も少なくありません。
また、近年、インターネットで「がん」に関連するキーワードを入れて検索エンジンで検索を行うと画面上にはスポンサー費用を払った多くの医療機関の広告リンクが表示されます。これらのなかには、エビデンスすらよくわからない高額な免疫療法や、がんワクチン療法、さらにはホメオパシーなどの民間療法や健康食品といった患者の気持ちを逆手にとった難民ビジネスも見受けられます。多くの患者は提示されている治療方法がどの程度の信頼度があるのか、どの程度の不利益があるのかなど見極めることはできません。患者が自己責任で望んだ治療を受けているのだといわれれば確かにそうかもしれませんが本当にそれでいいのでしょうか?
ある一定の条件を満たしている医薬品に関しては、人道的観点からも患者が治療薬にアクセスすることができるコンパッショネート使用制度を導入することが必要と考えます。それにより多少の負担は生じたとしても患者が医薬品にアクセスできるようになる益と、患者が自己責任の名の下に過度な不利益をうけることを減らすことができるのではないかと考えます。


どのようなコンパッショネート使用制度を期待するか

コンパッショネート使用制度は諸外国で導入されている制度ですが、各国で制度の内容はさまざまであり日本で導入する場合は日本における医薬品行政の現状や、患者がおかれている状況をふまえたうえでの制度設計が必要だと考えます。先にご紹介した検討会議においては事務局(厚生労働省)側から「医薬品アクセス制度」という名称で制度導入が提案されました。この名称は一般的に用いられているコンパッショネートユースや、コンパッショネート使用制度という名前では諸外国と同一でなければという考えに縛られ、はたまた諸外国でうまくいってない事例ばかりを並べ立てられ議論が進まなくなることを考慮したうえでの提案ではないかと想像します。実際、患者会活動として国会議員や行政に陳情を行う際に、これまでの政治や行政の不作為を指摘すると相手は自分たちの弁護に回り議論が進みません。そのいっぽうで“日本オリジン”とか“日本発の”といった言葉でアクションを求める場合には話が前に進みやすいことがあります。私たち患者の立場からすれば医薬品にアクセスできる制度ができるのであれば名称がどうであろうと問題はありません。
では、実際にどのようなコンパッショネート使用制度を期待するか、項目ごとに述べさせていただきたいと思います。

(1) 基本原則:治験を阻害しない

コンパッショネート使用制度を導入する際には製薬企業等が行っている治験を阻害しないことが一番重要となります。被験者となる条件を満たす患者に関しては治験の被験者になっていただくことが大原則です。加えて海外で劇的な効果がみられ日本でも同等の効果が期待される医薬品であったとしても標準的治療の手段がある患者さんは標準的治療を優先することが原則です。また病気が進行した患者さんがこの制度を利用することが考えられるため、効果がみられず、重い有害事象がおきてしまうなども考えられます。これらのデータが過剰な形で承認審査に影響を及ぼすようであれば製薬企業等からの賛同を得られることは難しいと考えます。データの扱いについては治験や薬事承認に影響を与えないよう取り扱われることが大切と考えます。

(2) エビデンスについて:医療上の必要性が高いと認められたもの

コンパッショネート使用制度でアクセスできる医薬品については、すでに治験が開始された医薬品であるなど一定の条件で「医療上の必要性が高い」と認められたものが対象になるのではないかと考えます。また使用制度を用いた治療実施の判断にあたっては開かれた審議の場が求められると考えます。

(3) 医療機関について:治験実施施設、臨床試験拠点病院など

コンパッショネート使用制度を用いて患者に治療を提供できる医療機関については指定を行うべきであると考えます。施設を選ぶ上で考慮されることとして予期せぬ有害事象に対応できる施設であることが重要です。またコンパッショネート使用制度を理解した一定の質のある倫理審査委員会などが開催できること、治療にあたっては患者に対して同意確認を行うことができ、またそのデータに関してはデータを集積し必要に応じて国などに報告できることが求められます。医療機関では患者への説明や、院内での手続きに費やす時間など負担が大きくなることから医療スタッフの充実も求められると考えます。

(4) コンパッショネート使用制度を用いた治療のデータについて:登録・蓄積・共有

治験に影響を与えない形でデータを取り扱うことはさきに述べましたが、コンパッショネート使用制度を用いて行った治療に関してはきちんと国に登録をすること、また治療に関する情報は蓄積をすることが必要だと考えます。有害事象などに関しては制度を用いて同様の治療している医療機関で共有されることが大切です。また有害事象については医薬品が薬事承認され、販売される際に必要に応じ添付文書等で注意喚起を行うなど、有効的に情報を活用することを期待します。実際に医薬品の治験ではパフォーマンスステータスが良好な患者さんが被験者として入ることが少なくないですが、販売後には病気の進行具合や体調がさまざまな患者に医薬品が用いられます。医療者側にコンパッショネート使用制度上の情報を適切に提供し注意喚起を行うことが結果として患者を守ることに繋がるのではないかと考えます。

(5) 治療費の問題:先進医療などと同等程度に保険でカバーできることを期待

コンパッショネート使用制度を用いた治療に関して、用いる未承認医薬品を保険適用しろということはいえません。しかし、併用する医薬品が承認薬である場合は保険適用をしてもらいたいと考えます。医薬品の中には高額なものも多く、難病などでは既承認薬でも1回の治療で数百万円から数千万円かかる場合があります。何もかもが自費負担では制度ができてもハードルが高く誰も利用できない制度になる可能性があります。

(6)その他

コンパッショネート使用制度導入にあたってはいくつかの配慮も必要であると考えます。特に患者がこの制度を利用することを考えたうえで、何のエビデンスも無い医薬品が用いられたりすることが無いよう科学的・倫理的観点から患者を保護することが重要だと考えます。
また残念ながら治療が奏功しなかったり有害事象が起きる場合も考えられます。それらに関して制度を導入した国、医薬品を提供した製薬企業、治療を行った医療機関、医師などについては免責されることが重要です。
また製薬企業が、患者が藁にもすがる思いで医薬品を自費で使ってくれるということから薬事承認を急がなくてもいいと判断し、医薬品開発の見送りをすることがないような制度設計にすることが必要です。
そして未承認の医薬品を企業が医療機関に提供することは難しく治験薬を流用することは法律に抵触する恐れもあることから、この制度で用いられる医薬品は海外から輸入することになります。その際には、世界的に問題になっているカウンターフィット薬(模造医薬品)を掴まされないためにも、海外の製薬企業から医療機関が直接輸入できるラインを確保する、もしくは国が輸入し医療機関に提供する体制が必要だと考えます。さらに、現在の模造医薬品における被害や、自己責任の名のもとに自費診療医療機関で安易に未承認薬が用いられていることを考えて、将来的には現在誰もが簡単に医薬品を個人輸入できている現状を見直し個人輸入に制限をかける必要も考えます。
またコンパッショネート使用制度を実施する医療機関には患者さんが遠方からも多く来訪する可能性があり、医療機関への負担が大きくなります。コンパッショネート使用制度を用いた治療が終わったあとは患者さんにもとの医療機関に戻っていただくなど連携をして患者が使用制度を実施する医療機関にとどまり過度な負担になることがないような制度にしなければなりません。


適応外医薬品についての取り扱いをどうするか

海外で治療に用いられている医薬品が日本で治療に用いることができないというドラッグ・ラグは未承認薬に限った話ではありません。例えばすい臓がんにおいて日本で承認を取得している治療薬はティーエスワン、ゲムシタビン、エルロチニブの3剤ですが、米国ではこのほかにもシスプラチンなどのプラチナ製剤をはじめ、イリノテカン、ロイコボリン、カペシタビン、ドセタキセル等があり、日本のすい臓がん患者さんはこれらが早期に治療に用いられることを願って署名活動を展開されています。これらの適応外医薬品については今後どのような形でアクセスできるようにしていくのかという検討が必要です。諸外国ではコンパッショネート使用制度とともに、コンペンディウムというものが存在し著名な医学誌にエビデンスが掲載された治療に関しては公的保険が適用されるシステムが導入されていますが、日本では薬事承認=保険適用という原則が未だに堅く存在しています。諸外国ではコンパッショネート使用制度は未承認薬を対象としたものですが、日本で導入する際には果たして未承認薬に限ったものでいいのかという検討も必要となります。第33回日本臨床薬理学会学術総会“【パネルディスカッション】日本版コンパッショネート使用制度の創設をめざして”では複数の演者の先生が諸外国と同じように未承認薬に限る制度であるべきと提言されました。制度設計にあたっては日本オリジンのものを作っていくべきと提言される一方で、医薬品に限っては欧米諸国と同じ未承認薬限定でと主張されることに各業界団体の都合が垣間見え苦笑いするしかありませんでしたが、その主張のとおり未承認薬に限るとなった場合には、適応外医薬品に関しては何らかの対策を取らなければ医薬品のアクセスという日本が抱えている問題は解決しないでしょう。各業界団体の都合のよい制度を作ったばかりに「海外で治療に用いられている医薬品を日本でも治療に使えるようにしてほしい」という患者の願いが無視され、なんら活かされることもない制度ができては本末転倒です。


さいごに

2012年12月1日に沖縄コンベンションセンターにて開催された第33回日本臨床薬理学会学術総会“【パネルディスカッション】日本版コンパッショネート使用制度の創設をめざして”において多くの演者が、検討部会では「コンパッショネート使用制度について議論が足りなかった」ということを指摘されました。そのご指摘どおり10回の検討部会開催のなかで医薬品の承認やアクセスに関する問題が議論できたのは第8回の1回だけ、多くの回は事務局から医薬品行政の現状についての説明、添付文書の法制化、医薬品について監視する第三者組織について議論されることに費やされました。また、たった1回の議論においても医薬品アクセス制度の話しだけではなく、医療機器の話や再生医療の話などさまざまな問題が盛り込まれたため事務局の説明だけで1時間半近くかかり、その後の議論が細切れになったことはとても残念だと認めます。しかし、検討部会において医薬品のアクセスに対する議論をしてほしいと意見を言った委員は何人いたでしょうか。毎回のように私がドラッグ・ラグの問題や希少難病の医薬品アクセスの問題などを議論して欲しいと切り出しても業界団体はなんら意見表明もせず黙っていたのは議事録を見れば明らかです。すくなくとも委員を輩出していた業界団体が議論をされつくさなかったと学会で指摘することは、業界団体自らの発言不足を自慢しているだけであり恥ずべきことと自覚したほうがいいと総合討論の場で述べさせていただいたことを補足させていただきます。
最後になりましたが、今回は事情があり原稿執筆の時間確保ができず「執筆することができない」と再三にわたってお断りしたにも関わらず「津谷喜一郎先生(東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学)の依頼なので」と断ること許さなかった(株)三原医学社内「臨床薬理」編集室の担当者に強く抗議をさせていただきます。そのような無理な環境下で執筆させられた原稿であることをみなさまにお伝えし原稿を締めさせていただきます。


2013年03月09日